里心に導かれ出会った田園の約束の地
ある初夏。腰痛で寝込んでいた奥さんの邦子さんが漏らした「故郷、士幌町に帰りたい」という言葉が、移住のきっかけでした。「昔から、寒い土地は嫌だって言っていたのにね。親戚や友人も多く住んでいる士幌には時々一緒に帰省していたので、私にもなじみがあり、それもいいかと思いました。士幌の隣町の音更に住む妻の友人が、近所にいい宅地があると教えてくれて、とんとん拍子で計画が進みました」と語る佐藤辰夫さんは、東京で設計の仕事をされていた建築家。
紹介された100坪の宅地は、東と北に農地が広がり、大きな柏の木が待ち人を迎えるように立っていました。若いころから「原野に住みたい」と願っていた佐藤さんは、その景色に一目惚れして、購入を即決。改めて寒冷地住宅について勉強を始め、新木造住宅技術研究協議会(新住協)の家づくりを知り、新住協会員の地元工務店がパートナーなら間違いのない家が建つと思いました。
そして、カラマツの美しい建物が目を引いた地元工務店の水野建設に新築の相談を持ち掛けました。「水野さんとなら、面白いことができそうと直感しました。人柄や会社の雰囲気もとても好印象でしたね」。
十勝の気候風土を知る伴侶を得た心強さ
既に基本設計を終えていた佐藤さんは、水野建設と最終的なプランニングに着手しました。図面に描かれていたのは、オープンなLDKと寝室、水まわりで構成された延床約73㎡の小さな平屋。素材も「できる限り十勝で手に入る自然素材を採用して、経年変化を楽しみたい」と、カラマツを主体に、無塗装のシナベニヤや珪藻土を採用しました。
施工を担当した水野建設は、十勝の気候風土に合う換気計画や暖房・給湯など、住宅設備に関するサポートも行いました。「水野社長の豊富な経験に基づいたアドバイスは、一つひとつが勉強になりとても心強かったです」。
室内に新たにしつらえる家具類も全て佐藤さんが自ら設計し、造作。引き渡しの1ヵ月前から、近所に住む奥さんの友人宅から自転車で現場に通い、コツコツと仕上げていったそうです。「材料の買い出しや塗装、タイル張りなどを僕も手伝わせてもらい、思い入れのある一軒になりました。会社で掲げてきた『ともにつくる住まい』とは、まさにこれなんだと改めて学びました」と、水野建設の営業担当の平健さんは懐かしそうに語ります。
建てた後もずっと近くに。付き合いは現在進行形
2017年10月下旬、柏の大木に包まれるような平屋住宅で新生活が始まりました。しかし、小さな住まいは引っ越し荷物の段ボールが山脈のように積まれたままです。「予定していた家具の造作が引き渡しに間に合わなくてね。困ったものです」。リビングに設けたL字型の大開口の向こうに見える農地の広がりと山並み、木立が片付け作業に追われるご夫妻の目を楽しませ、力づけてくれているようでした。
移住のきっかけとなった邦子さんの腰痛も「いつの間にか気にならなくなっていた」とか。「小さな家は、家事動線が最短で暮らしやすいですね。春になったら菜園づくりも楽しみたいと思っています」と、邦子さん。
新居の生活が落ち着いたら、佐藤さんは東京と十勝を行き来しながら、地域の工務店と新たな家づくりに取り組む予定です。「平さんは今も僕らを気遣って、時々やってきては作業を手伝ってくれるんです。こんなふうに住まう人とつくり手がいつまでも付き合えるような家づくりを、これからはしたいですね。そうした仕事もまた、僕らのこれからの日々をより楽しく豊かにしてくれるんだと思います」。